指左指右ポロンナルワ−ロゴ前編

2003年8月15日 新設 new

10世紀末に南インドのチョーラ王朝が、アヌラーダプラを征服
やむなくシンハラ王朝はアヌラーダプラを捨て、ここポロンナルワに都を移した
10〜12世紀に最も栄え、14世紀以降は廃墟
1900年以降になって遺跡の発掘が開始された
 -- ポロンナルワ ミニヒストリー --

11世紀 ウィジャヤバーフ1世(Vijayabahu T):灌漑施設を整え仏教の普及に努める
12世紀 パラークラマ・バーフ1世(Parakrama BahuT):ウィジャヤバーフ1世の孫にあたる
                   有名なパラークラマ・サムドゥラという灌漑貯水池を造る
1187〜1196年 ニッサンカ・マーラ王(Nissanka Malla):南インドのカリンガ王朝出身、多くの石碑有り
この後、またもや南インドのチョーラ王朝の侵略を受けて都は衰退する
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宮殿跡
The Royal Palace
 
宮殿跡1

パラークラマ・バーフ1世の宮殿跡
宮殿跡2

当時は7階!!建て
今残っているのは3階部分まで
壁の厚さ3m
柱の数36本
部屋数50室
宮殿跡3
壁の大理石 ← 当時の壁の
大理石です
(ほんの少し残ってます)

宮殿跡4

列柱の後ろ側には、壁らしきのもがあるだけですね

宮殿跡5

ポロンナルワは、アヌラーダプラなどとは違ってまさしく廃墟だらけです
生活の匂いは全くしませんね
ちなみに、ここには怪しい土産物売りの兄ちゃん達が出没します (^。^)
怪しげな笛(←これが多いんだよ)、人形(なんかこれも多かったなぁ)、遺跡の石? etc
かまってると遺跡中ずっとついて来ちゃうので、要注意っす
 

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閣議場
King's Council Chamber
 
閣議場1 閣議場2 閣議場への階段
宮殿跡から100mくらいのところにある
閣議場
と呼ばれている遺跡

ライオン

↑ 壁面に掘られているライオン
象

同じく 象 ですね
獅子
閣議場3 ← 上の段まで階段で上れます
多くの石柱があり、石柱に各大臣の名前が彫られているらしい
(よくわかんなかったのだ・・・)

→ 出ました ムーンストーン
ここは、これを踏んで階段を上るのでかなり痛んでいます
ムーンストーン

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ニッサンカ・マーラ王の沐浴場
Kumara Pokuna




ってわかるよね
 
シヴァ・デェーワーラヤ No.1
Siva Devala No.1
 
シヴァ・デェーワーラヤ1 なんと、ヒンドゥー教の寺院があるのだ
ポロンナルワ時代末期、13世紀の創建
仏教王国にあった希有な例
シヴァ・デェーワーラヤ2

なぜかっていうと、当時の王妃の一人がヒンドゥー教であったというのと
南インドのチョーラ王朝の侵略時に建てられたと言う説がある

よ〜く見ると、遺跡に番号が振ってありますよ
何故でしょう?
・・・
シヴァ・デェーワーラヤ3 シヴァ・デェーワーラヤ4 シヴァ・デェーワーラヤ5

答え:遺跡をもってっちゃう人がいるから
最初は、分解掃除でもしたのかしらと思って聞いてみたら、よからぬことを考える人がいるためとのこと
それでも持って行ってしまう馬鹿がいるんだと
遺跡に艶消しだね、無粋な番号表記は
シヴァ・デェーワーラヤ6 シヴァ・デェーワーラヤ7

小振りだけど、なかなか良いものがあったりするんだな

→は
お約束のあれです
男根

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またもや、とんでもなく量が多いので 前・中・後編に分けました → 中編 へ


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